過労死と労災認定について
◇過労死の現状
本年6月、長年社会問題となっていた過労死や過労自殺(以下、過労死)を防ぐことを理念とした「過労死等防止対策推進法」が成立しました。この背景には、過労死が依然として減少していないことや、過労死による遺族と企業とのトラブルなどが問題として大きく取り上げられたことがあります。実際に大手飲食チェーン店や大手家電チェーン店などで起きた従業員の過労自殺をめぐる訴訟などはニュースでも大々的に報道されており、ご存じの方も多いのではないでしょうか。
では過労死とはいったいどのようなものなのでしょうか。
法律では過労死を「業務の過重な負荷が原因の脳・心臓疾患による死亡、強い心理的負荷が原因の精神障害による自殺」と定めています。厚生労働省による発表では、平成25年度の労災補償状況は脳・心臓疾患による死亡案件の請求が283件(うち支給決定件数133件、労災認定率45.9%)、精神障害による自殺案件(未遂も含む)の請求は177件(うち支給決定件数63件、労災認定率40.1%)となっています。下表からも分かるとおり、労災請求件数は高い水準で推移しています。もっとも、過労死は、物理的な負傷とは異なり業務との因果関係を立証するのは容易ではありません。ですから、労災請求がなされるケースはごく一部であり、実際の過労死の犠牲者はこの公表された数値よりももっと多いと考えられています。また、過労死は免れたものの重い後遺障害が残った方や自殺未遂による負傷者も含めると、その数は計り知れません。
表1 脳・心臓疾患の労災補償状況 ※死亡案件のみ
年度 | 平成21年 | 平成22年 | 平成23年 | 平成24年 | 平成25年 |
請求件数 | 237 | 270 | 302 | 285 | 283 |
労災認定件数 | 106 | 113 | 121 | 123 | 133 |
認定率 | 41.9% | 41.5% | 48.8% | 45.2% | 45.9% |
表2 精神障害の労災補償状況 ※自殺案件(未遂含む)のみ
年度 | 平成21年 | 平成22年 | 平成23年 | 平成24年 | 平成25年 |
請求件数 | 157 | 171 | 202 | 169 | 177 |
労災認定件数 | 63 | 65 | 66 | 93 | 63 |
認定率 | 45.0% | 38.2% | 37.5% | 45.8% | 40.1% |
◇過労死の労災認定基準
この流れの中、厚生労働省は過労死の労災認定を行う際の、認定基準(「脳・心臓疾患の労災認定基準」と「精神障害の労災認定基準」)を設けました。そして、労災請求があった場合はその認定基準をもとに労働基準監督署が客観的かつ総合的に判断をして、その事案が労災に該当するか否かを判断することになります。
「脳・心臓疾患の労災認定基準」では具体的な対象疾病(表3)が挙げられており、「業務による明らかな過重負荷を受けたことにより発症した脳・心臓疾患は、業務上の疾患として取り扱う。」としています。さらに認定要件の「業務による明らかな過重負荷」を大きく3つに分類し(表4)、その中で業務と発症との時間的関連性や具体的負荷要因(長時間労働、不規則な勤務、作業環境など)から過重業務か否かを判断するよう示されています。とりわけ、労働時間については疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因として挙げられています。
表3 脳・心臓疾患の対象疾病
脳血管疾患 | ・脳内出血(脳出血) | 虚血性心疾患等 | ・心筋梗塞 |
・くも膜下出血 | ・狭心症 | ||
・脳梗塞 | ・心停止 | ||
・高血圧性脳症 | ・解離性大動脈瘤 |
表4 脳・心臓疾患の認定要件~業務による明らかな過重負荷~
①異常な出来事 | 発症直前から前日までの間において、発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事に遭遇したこと |
②短期間の過重業務 | 発症に近接した時期において、特に過重な業務に就労したこと |
③長期間の過重業務 | 発症前の長期間にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したこと |
「精神障害の労災認定基準」についても、労災認定要件(表5)が3つ定められています。
表5 精神障害の労災認定要件
①認定基準の対象となる精神障害(表6)を発病していること |
②認定基準の対象となる精神障害の発病前おおむね6か月の間に業務による強い心理的負荷が認められること |
③業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと |
表6 認定基準となる精神障害の種類
症状性を含む器質性精神障害 | 生理的障害および身体的要因に関連した行動症候群 |
精神作用物質使用による精神および行動の障害 | 成人のパーソナリティおよび行動の障害 |
統合失調症、統合失調症型障害および妄想性障害 | 精神遅滞(知的障害) |
気分(感情)障害 | 心理的発達の障害 |
神経症性障害、ストレス関連障害および身体表現性障害 | 小児期および青年期に通常発症する行動および情緒の障害、特定不能の精神障害 |
過労死は、起きてしまってからでは手遅れです。当然どの企業も、自社で過労死が起きるとは思っていないものです。しかし、その可能性は決してゼロではなく、だからこそ自社にも起こり得る問題として、この機会に過労死について考えて頂ければ幸いです。
なお、厚生労働省が作定した「脳・心臓疾患の労災認定基準」と「精神障害の労災認定基準」には過労死に関わる負荷の要因や程度を評価する視点なども記載されています。まずはそれを参考に、従業員に長時間労働や精神的負荷が過度にかかるような業務を行わせていないか、見直してみることから始めてみてはいかがでしょうか。
(資料)
表1~2 厚生労働省 平成25年度労災補償状況
表3~4 厚生労働省 『脳・心臓疾患の労災認定』
表5~6 厚生労働省 『精神障害の労災認定』
2014年10月5日 | カテゴリー:労務管理